RSS|archives|admin

2杯のコーヒー。

2012.05.12 Sat
Twitterとfacebookは、割とまめにチェックしていた。

でも、最近「ま、いっか」と思うようになった。

いろんな人がいろんなことをしているし、

それを知ろうと思うときりがない。

別に友達の日常だけではなく、

外にはたくさんの人の日常があふれてる。

喫茶店に行った。

結構混んでいて、みんないろんなことを話している。

店員さんは、新人なのか忙しくしている。

オーダーをかなり待たせているし、

急いでいるせいで小さなミスも多かった。

でも、ひとつひとつに丁寧に仕事をしていて、

ちゃんとお客さんの目を見ていた。

僕のところにお水とおしぼりとメニューを持ってくるのを、

少しの時間待たなければいけなかったけど、

ずっとその彼女の一生懸命さを見ていた。

素敵だなと思う。

多分、そんなことほめられることもないだろうし、

お客さんのほとんどはそうしてもらうのが当然と思ってるだろうし、

小さなミスに対して文句を言うかもしれない。

でも、まっすぐに仕事をしていた。

コーヒーを丁寧に持ってきてくれて、

そのコーヒーを飲みながら本を読んだ。

本の世界に入って、少し疲れて周りを見ると、

まだ彼女は忙しそうにしている。

いろんな日常があって、Twitterで知ることもあるし、

Facebookで見えなくなっていることもあるかもしれない。

できれば、それを選ぶことができるのなら、

画面の中ではなく、外でそれを見つけたいと思った。

外は物語にあふれていて、豊かだなと思う。

今日は何だか、

久しぶりに友とゆっくりと語り合いたい気分になった。




Yuta


関連記事
Category:大友 勇太 | Comment(0) | Trackback(0) | top↑ |

ただうまくなりたい。

2012.05.08 Tue
ロルフィングのセッションの数が増えてきて、

手の感覚がどんどんよくなっている。

毎回セッションが楽しくて、

あっという間に時間が過ぎてしまう。

野球部の頃にもそういう時期があった。

中学2年生の新チームの時、

ボールが見えて見えてしょうがなくて、

どこへでも狙ってヒットが打てた。

全然力みはなくて、ボールが思い通りに飛んでいく。

そうしたら4番になって、気合が入りすぎてしまって、

あっけなくボールは見えなくなってしまった。

その次は、高校2年生のこれまた新チームの時、

夏休み練習で、守備練習をただひたすらにしていたら、

「この夏で一番伸びた選手」と言われた。

確かに、自分でもボールに入っていく道が見えて、

自然にグローブに入る感じだった。

その頃は、スローイングも調子が良くて、

大体思ったところには投げることもできたし、

遠投も100mは投げれていたと思う。

そういう時って、ただただ楽しくてしょうがない。

自分の変化が、一球一球わかる。

今は、ロルフィングがそんな感じかもしれない。

人に触らせてもらうと、勝手に手が動く。

何かを考えながら、理屈を作りながらやると、

すぐに手が止まってしまう。

外でも見ている方が、なんだか空っぽになれていい。

けど、調子に乗りすぎてしまっても、我が出すぎて、

クライントの望むものにはならなかったりする。

ちょうどいい位置辺りで、ふらふらしているのがいいみたいだ。

そいつの塩梅がなかなか難しくて、

うまくいく時もあるし、うまくいかない時もある。

でも、楽しくてしょうがない。

もっともっとロルフィングがうまくなりたい。

ただそれだけしか、今はないなと思う。




Yuta


関連記事
Category:大友 勇太 | Comment(2) | Trackback(0) | top↑ |

晴れた日がうれしい。

2012.05.04 Fri
久しぶりにカラッと晴れた。

なんだかBoulderを思い出す。

空は青色より蒼色だったし、

木々たちは、光を通して、

きみどり色に輝いていた。

葉っぱも輝くんだなと思った。

連日の雨で、少し部屋が湿っぽかったから、

毛が長いラグマットを洗い、

布団もベランダの柵にかけておいた。

なんだか乾いていく様子を見るのがうれしく感じる。

なぜなのかはわからないけど。

無印の白い掃除機をコンセントにつなぎ、

部屋を掃除する。

掃除することは、

部屋がどんな状態なのかを確認することで、

ああ、ほこりっぽいな、

これは後で拭いとこうとか考えながら、

掃除機を前後に動かす。

あまりに気になると、その場でぞうきんをしぼり、

ささっと拭きはじめる。

そうすると、他のところも気になり整頓しはじめる。

そしてまた、無印の掃除機を動かす。

観葉植物を日の当たるところに移動させたり、

本を整頓したり、掃除機したりしていたら、

途中で水が飲みたくなった。

外に出て、水を飲んで一息つく。

気づいたら、結構な時間が過ぎていた。

そういえば、母親は毎日どこかしら掃除していた。

祖母もそうだった。

父親は、冬囲いの整理をしたり、

農作業の準備をしたりしている。

そうして、昼ごはんを食べ、

昼寝して、また一働きして、

夜は酒を飲んで寝ていた。

家族の一日のほとんどは、

家を掃除したり、畑や田んぼの雑草取りや、

水やりの調節などの「手入れ」時間か、

次の行事や、作業に向けての「準備」の時間だったのかもしれない。

なんだか、進歩がないようで、

僕はそんな仕事が嫌いだった。

維持するための仕事だけをしていて何が楽しいのかと。

そして今、一日の結構な時間を、

そんな時間に当てている自分に気づく。

別に教えられたわけでもない。

母の日が近いから、こんなこと考えるのかな。

こんな毎日も悪くないなと思う。




Yuta


関連記事
Category:大友 勇太 | Comment(0) | Trackback(0) | top↑ |

説明すること。

2012.05.04 Fri
最近、いろんなとこでいろんな人にお会いする。

どれも楽しくて、よかったなと思う。

朝起きて、ロルフィングして、人に会って、

夜は寝る。

そんな繰り返し。

気づいたら桜は散っていて、山の緑は深くなった。

「ロルフィングって何ですか?」

人に会うと、その説明をする。

けど、なかなかうまくはできない。

ロルフィングってものじゃなくて、

ことだと思うから、

説明する人に合わせてお話をする。

例えば、夏はものではないから、

人によっていろんなイメージがあるし、

年齢によっても違ってくるかもしれない。

「夏って最高ですよね」

と、ビーチでの甘い思い出をイメージして言っても、

日焼けが嫌な人には、

「そうですね」

くらいのもんかもしれない。

ロルフィングを説明する時、

最初は一般的な説明をする。

けど、なんだかその人がしっくりきてない感じ。

そしたら、少し例を出してみたりする。

少しずつうなずきに、笑顔が含まれてくる。

さらにもう一つ違う流れで説明してみる。

なんだかつながった感じがして、

ロルフィング的なものが知覚される。

そういう行いって、その人にコピーをつけるみたいな感じにも似てる。

いや、逆にその人がロルフィングにコピーをつけるのか。

そんなこと、

ああでもなくこうでもなく、

目の前の人に向かって考える。

大概うまくは説明できた気はしないけど、

なんとなくその人が笑顔になってくれてるから、

まあまあ伝わってるかもしれない。

「ロルフィングって何ですか?」

難しい質問ですね。




Yuta


関連記事
Category:大友 勇太 | Comment(0) | Trackback(0) | top↑ |

終わりなき旅。

2012.04.10 Tue
雨が降っています。

昨日はかなり暖かったので、

春の植物も気持ちよさそうです。

近くのミドリカフェに来ました。

よく読んでたブログの中に、

ミドリカフェが登場していました。

そしてたまたま、

festaの一番近くのカフェになりました。

festaの場所を決めて、散歩してる途中で、

「あ、ミドリカフェだ」と偶然見つけました。

不思議なものです。

雨の中、気に入ってる傘を差しながら歩いていると、

岡本の街が、Boulderに似ていることに気づきました。

となると、ミドリカフェは、Saxy's cafeみたいな感じです。

たまたま日本でRolfingを始めたとこが、

Boulderの雰囲気に近いとこだったのは、

なんだか偶然のような必然を感じています。


そういえば、先週末は偶然のような必然な

できごとがありました。

先週末は和歌山にいたのですが、

夜回り先生こと、水谷修さんのお話を聞いたり、

高野山のトレイルラン20kをしたり、

奥の院で納経をしてきました。


水谷さんのことは、テレビで知って、

「いいんだよ」って言っている水谷さんの顔を見て、

「赦せる人だな」と感じたのを覚えています。

具体的な話をしているのですが、

それが一つ一つ物語になっていて、

癒しとか、赦しを含んだものでした。

セラピストですね。


トレイルランは、ひたすらの上り道。

なのに、みんな走る。

トレイルランだから当たり前といえばそうなのですが、

なんだか最後までそれが納得できなくて、

やっぱり遍路道は、歩くもんだよなって思っていました。

今度はゆっくり歩きたいなと思います。


僕自身、2006年の夏に、歩き遍路をしました。

45日ほどかけて、1400kほどの道を歩き、

88のお寺を回りました。

もう6年ほど前のことになりましたが、

年を重ねれば重ねるほどに、

お遍路の意味合いが変わってきます。

その経験があったからこそ、

Rolfingの学びも深くなったんだと思いますし、

僕は人を癒せるかもと思えるようになりました。

ちまたに溢れてる、リラクゼーションの癒しではなく、

職業として癒せるようになったと感じるのも、

お遍路のおかげかなと思っています。


あのお遍路は、自分のため半分で、

自分の親のため半分でした。

お遍路の最後には、高野山の奥の院に行って、

お礼参りをして、お遍路を終わらせるのがいいと言われています。

Rolfingでいうところの、Closureですね。

要は、一旦区切りを点けて、

また日々の生活に戻っていくわけです。

ジブリの映画でも、この辺はよく描かれています。

僕は、両親がお遍路全部は回れないだろうから、

僕が代わりに回って、最後のお礼参りだけでも、

両親に行ってもらおうかなと思っていました。

でも、たまたま今回、

これまたお遍路をした後輩に誘われたので、

自分でお礼参りをすることにしました。


奥の院は大きくて、なんだか異世界でした。

いろんな有名な人たちのお墓もありました。

そして一番奥まで歩き、

手を合わせて、「ありがとう」とお礼を言うことができました。


一番最後の納経は、おばちゃんがしてくれて、

すらすらっと達筆な字で納経してくれて、

「おめでとうございます」と言ってもらえました。

その瞬間、「あ、終わったんだ」と思いました。

ようやく終わらせることができました。

よかったです。


和歌山から帰ってきてからは、

お知り合いの方々にRolfingのセッションをさせてもらいました。

ものすごくうれしいフィードバックをいただけました。

手を置くところに迷いがなくて、

手にも全然力みがない感じで、

なんだかフロー状態でセッションできました。

これからも丁寧にRolfingをしていけたらと思います。


あの頃から僕は成長できたのか。

あの時の僕が、今の僕を見たらなんて言うんだろう。


旅は終わらないですね。




Yuta


関連記事
Category:大友 勇太 | Comment(2) | Trackback(0) | top↑ |