RSS|archives|admin

スポンサーサイト

--.--.-- --
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


Category:スポンサー広告 | Comment(-) | Trackback(-) | top↑ |

いろいろあったね2008

2008.12.31 Wed
もう気づいたら2008年最後の日ですね。

ブログの更新滞っててすいません。

なんだかいろいろやりたいことあって

いろいろやってました。



みなさん2008年いかがでした?


今日は実家の秋田でゆっくりしているんで

のんびり「大友勇太」の2008年を振り返って

みようかなと思います。

お暇な人だけお付き合いいただけたらと思います。


今年を一言で振り返ると…

「死と再生。」

かな。


いろいろありましたね。


一月にはばあちゃんが亡くなりました。

僕にとっては、初めて身近な人が

亡くなってしまいました。


ばあちゃんは突然いなくなっちゃいました。

ずっといると思ってたのに。


小さいころはうるさいばあちゃんでした。

「○○しなさい!!」

「××してはいけない!!」

いつも怒られてました。

そんで叩かれたりもしました。

痛かったね。


ばあちゃんは働き者で、朝から晩まで

畑で働いていました。


働きすぎで、僕はいつも夕飯の準備が

できたと畑まで呼びにいくのが仕事でした。


そんなばあちゃんが事故にあったのは

僕が小学校の2年生のときでした。


いつもどおりに学校へ登校していた時、

遠くで救急車の音がしました。

なぜか嫌な予感がしたんです。

それは今でも覚えている。


学校に着いたときに、連絡を受け、

ばあちゃんが事故にあったことを

知りました。


命に別状はなかったのですが、

それ以来、働き者のばあちゃんが

働けなくなりました。


でも、僕が高校に入り、野球の練習に

明け暮れて、今でご飯を食べたまま

寝ていたりすると、起こしにくるのは

ばあちゃんでした。


僕が大学に入り、ほとんど実家に

いることはなくなり、たまに帰ってくると

ばあちゃんは入院していました。


会うたびに弱くなっていくばあちゃんを見て、

おぼろげながらに「死」について

考えるようになりました。


「人が死ぬということはどういうことだろう?」

と。


その答えはよくわからないまま、

ばあちゃんは亡くなりました。


ただ涙が出てきて、胸がキューって

なりました。


「これが死なんだ。」


今でもよくわかりません。

けど、ばあちゃんの「死」から始まった2008年は、

「死」とは何かを考える一年でした。


ただ引き受ける。

ただ泣きながら。


さて、2月にはオリックスのキャンプに行きました。

宮古島です。

初めての沖縄だったのですが、

最初が宮古島でよかった。


本当にすばらしい自然でした。

夢の中にいるようでした。


宮古島にいた自分を思い返すと、

それだけで身体がゆるむんです。


そうそう、それが自分のクリニックでの

リハビリ、中京大学でのトレーニングに

生かされていきました。

なんでもすべてはつながっている。


宮古島の人はみな温かく、優しかった。

ただそこになびいているだけでよかった。

風に、流れに、すべてに。


来年も行きます。

今年のオリックスのキャンプはすごくワクワクするし、

また宮古島に戻れる。

待っててくださいね。


三月は父さんの手術があった。

7時間かかったらしい。


64歳になる。

7時間…


僕はクリニックの先生の手術を見させてもらっている。

長くても2時間くらい。

人生、いつ何が起こるかわからない。

「あの時にああしておけばよかった。」

そういう後悔だけは絶対にしたくない。


その思いで僕はアメリカに行く。

僕にはそんなことでしか親孝行できない。

いっしょに近くにいるという最大の親孝行はできない。


そんな父さんが今日は山小屋に連れて行ってくれた。

退職してから建てた山小屋。

裏の山にある。

「DASH村」みたいな感じ。


外には滝がある。

中には囲炉裏。

今は冬なので囲炉裏が薪ストーブになっていたが、

すごく暖かかった。


薪ストーブを囲みながら、父さん、母さんと

久しぶりに話した。

テレビも、電話も、時計もない。

何にもない。


外を見ると雪が降っていた。

久しぶりに「無音の音」が聞こえてきた。

大切な何かはそこに確かにそこにあった。


4月は何があったかな?

特に何もなかったが、クリニックの一周年記念があった。


僕がお世話になったのが10月だったから僕は一周年ではない。

でも、僕はこのクリニックが日本一のクリニックになってほしい

と思っている。

そのために働いている。


思い返せば、この一年はクリニックのために

働いたんだと思う。


わがままな、自分のことしか考えない自分が、

クリニックのため、大切なチームのために働いた。


来年は、クリニックで最後の一年になる。

日本一になるために、自分のできることをやろう。

来年は挑戦したいことがたくさんある。

みんなに刺激を与えられる存在になろう。


5月はゴールデンウィーク旅行があった。

島根、鳥取を旅したね。

なんだか精神的にしんどかったから、

旅でもして忘れたくなった。


なんとなくまだ山陰には行ったことがなかったから

行くことに決めた。


全部各停で行ったけど、本当にすばらしかった。

のんびり電車の窓から差し込んでくる日差しに

昼寝なんかしながら、初めて出会う街に心躍っていた。


隠岐の島はすごかったな。

レンタカーを偶然借りれて、車で島中を旅した。


すんごいパワーもった杉なんかあって、

雨が降ってて、もやがかかって、神秘的だった。

神様がいるんだろう。

あんなところには。


山陰を旅して、自分にはどうしようもならないところを

導いてくれる神様がいるんだろうって感じた。


山陰は、自分がいる場所ではないのだが、すばらしい場所だった。

今度山陰の人とゆっくり話をしてみたい。


6月は大切な人との別れがあった。

ずっと大切だったし、ずっとその人のことを考えていた。

でも、今思うとrespectが足りなくなっていたんだろう。

「こいつならなんとかなる」ってあぐらをかいていた。


絶対的なものを失った。

「この人となら何にでもなれる。」

と思っていたはずなのに、何にでもなれることを

諦めていたのも事実。


僕は彼女に頼りきっていたんだろう。


最初は正直しんどかった。

何でも忘れようとしたが、忘れることなどできなかった。


それはそれで受け入れて、後は時間が解決して

くれるしかない。

時間とは、積み重ねとはすごいものだ。


この経験で、また自分の治療、トレーニングに変化があった。

多分、俺はそこまでいけないだろうとは思っていたところまでの、

道が少しは見えてきた。


何かを失えば、何かを得られる。


けど、ほとんどの人が、今が最高の状態だと思っている。


人は誰も傷つきたくはない。

でも、人は傷つくことで強くなれる。


本当にありがとう。


7月は須磨海岸によく行った。

何かあれば行っていた。


いろんな人がいろんなやり方で楽しんでいた。

レゲエの音を楽しむ人、

ビールを飲みまくる人、

海に浮かんでる人、

そんな人たちを観察している僕。


来年はどんな風景が広がるのだろうか?

来年も行こう。

IRIEな空気を吸いこんで。


8月は北京オリンピックがあった。


いつか行けないのかな?


でも、そう遠くない気もする。

今年は、週一回、母校の中京大学で

パーソナルトレーニングをしてきた。


いっしょにトレーニングした彼らにとっても、

今年はいろいろあった2008年だと思う。


彼らは今年はやってくれると思う。

そんな確信があるシーズンである。


これから本番である。

後悔のないように一生懸命がんばってください。


9月は「ヨガフェスタ」ってのがあった。

横浜に全国のヨガインストラクターが集まった。

かなり大きなイベント。


僕のヨガの師匠は、山本邦子さんで、

邦子さんに教えてもらったA-Yoga以外

レッスンを受けたことがない。


最初は、そんなに乗り気ではなかったのだが、

ヨガフェスタで受けた2つのレッスンは、

僕の人生を変えることになるほどの大きなものだった。


身体がすごく好きになった。

仕事の対象というわけではなく、

ただ身体というものに魅せられてしまった。


2008年はどんな発見があるのだろうか?

明日は秋田元旦ヨガしてみよう。


10月はRed Spiderの「緊急事態」に行ってきた。

1人対5000人だって。

すごかった。

レゲエは本当にすばらしい。


あの音が流れてる瞬間は何も考えなくてもいい。

すべてが身体から外れていく。

朝5時まで踊るに踊った。

あー青春。


11月はいろいろな人と出会ったな。

大学の友達に、常に上を目指している選手、

覚悟を教えてくれたコーチ。


僕は今年死んだんだと思う。


俺が死ぬわけがないと思ってやってきた。

そんなの認めたくなかった。


でも、自分自身、まだまだ実力が伴っていなかった

ことを思い知らされた。


もうだめかと思った。

諦めようと思った。


でも、周りの人たちが僕を救ってくれた。

ただ見守ってくれた。


いろいろな人に出会えた。

そして、そのどれもがすばらしいものだった。


死んでまたそこから芽が出る。

誰もが羨むくらい咲き誇り、そして枯れていく。


そして種になり、静かに土の中でそのときを待つ。


来年はどんな芽が育つのだろうか。

暖かな春を待って。


そして、12月。

ようやく心と身体がマッチしてきた。

何かが起こる予感はする。


いろいろあった2008年。


すべていいときばかりではない。

悪いときもくる。


悪いときはいつ終わるのか?

それは時間しか知らない。


大学で、人生は変えられると思った。

辛い時間も楽しい時間に変えられると。


でも、もっと自然になろう。

楽しいときに笑えて、辛いときに泣けて、

幸せなときは歌って踊れるような。


今年は「死と再生。」


来年はどんな1年になるのだろうか?


長々とありがとうございました。

来年もみなさんにとっていい年になることを信じています。

それではよいお年を!!


                           大友 勇太


関連記事
スポンサーサイト
Category:大友 勇太 | Comment(0) | Trackback(0) | top↑ |

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。