RSS|archives|admin

スポンサーサイト

--.--.-- --
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


Category:スポンサー広告 | Comment(-) | Trackback(-) | top↑ |

緊張に気づくということ。

2009.10.29 Thu
昨日は、職場の先輩の家でパーティーがあったから、

夜遅くまでわいわい。


パーティーがあることは知っていたけど、

誘われていはいなかったので、一人家でコンビニディナー。


「さあ、寝ようかな」って思ってたら、

メールで、「来ないの?」ってきたので、

そんなこと言われたら断れない性格なので、

寒くなった神戸の夜空の下、自転車を走らせる。


久しぶりに大学生に戻ったような感じがした。


ワイン飲んだり、先輩の作ったパスタ、

後輩が持ってきたピザを食べながら、

Wiiとか、PS3とかをみんなでやった。


マリオカートやったけど、やっぱり苦手だな。

運転関係は、どうもダメだ。


その前の日は先輩が家に泊まりに来ていた。

話は盛り上がって、ビールを2,5リットルずつ飲んだ。

飲む人がおもしろいと、ビールもおいしくて、

量の割には次の日に残らない。


とは言っても、2日連続でわいわい飲んだから、

ちょっと疲れて、今日は昼まで寝てた。




今日は、ヒロさんの7回目のセッション。


下校時間の高校生を見ながら、

「秋田の俺ってどんなんだったけ?」

なんて考えながら、電車を待つ。


相変わらず、快速に乗るのは好きじゃないので、

普通電車で大阪まで向かった。


アウトプットがスムーズな日だったので、

黙々とノートに書いていたら、もう大阪。


今日はどんなセッションになるだろうか?


前回のよく動いたセッション後の、

僕のカラダは、すこぶる調子がよく、

特に不快に感じることはなかった。


今までは、不快なところがよくなってくると、

今度は違うところが気になってきて、

そんな変化がおもしろかったのだが、

先週のカラダはとても穏やかだった。


integrationに向かっていっているのだろうか。


今日は「顔」のワーク。


以前から、「早く7回目やりたいね。」とか、

「第7が終わると、センターが通るからね。」とか、

ちょくちょくヒロさんが、今日の第7セッションを

キーポイントと言っていた。


顔に対してワークをしていくわけだが、

今まで触られたことのないようなところまで触られて、

正直、驚いた。


しかし、不思議と、初めてワークされたはずなのに、

「そこを触ってほしかったんだよ。」って反応してる

自分のカラダにも驚いた。


これはこれは衝撃的なセッションだった。


でも、顔へのワークが終わった後の、

首のゆるみといったら信じられないくらいだった。


セッションが終わって立ってみると、

「うわっ」って思わず声が出た。


「センター」が通っているのだ。


「これがヨガでよく言われる『センター』か。」


「センターを感じなさい。」ってよく言われるけど、

正直わかっているつもりだった。


構造が整ってくると、自然と「センター」が通ってくる。

ヨガの本当にすごい人は、自分のカラダといつも向き合っているので、

その構造がバシッと整った時に、「なんか通ってる感じがする。」と、

何かに気づき、それを誰かに伝える時に、「センター」ということにしたんだろう。


でも、構造が整っていない者が、いきなりその境地を

目指そうとしても上手くはいかないはずだ。

一人でやるには相当な鍛錬、覚悟が必要だ。


「考えるんじゃない、感じるんだ。」というリーさんの言葉を

目指している人の中で、それがただの高校生の

「僕、フィーリングで生きてるタイプなんで。」ってのとは

違う上位の層のレベルにいる人はどれだけいるのだろう。


そして、世界中のヨガを教えている人の中で、

どれだけの人が本当に「センター」なるものに

出会えているだろうか。


あえて僕が言葉で表現するとするならば、

何個かのハコがあって、その中心に糸が通っていて、

それが空の上から引っぱられている。

そんで、その糸とハコが静かに風ゆられて、

自然にハコがきれいに並び、整っていく。


これでも完璧ではないですね。


ハコって言ってしまうと、ちょっと硬いものを想像しちゃうけど、

そういう動きのないものじゃなくて、

なんか粒子というか、砂みたいなものが、

自然に風にゆらされて、かたよっていたものが、

少しずつ均質化されていくような。


でも、言葉で表現した瞬間に、

それはそれでなくなってしまう。


言葉で表現された「センター」しか感じられていない人が、

ほとんどなのだと思います。


僕のA-Yogaの師匠は、「脊柱のゆらぎ」ってのを

テーマでよく話をしてくれるけど、

今までは「ゆらしていた」んであって、

「ゆれて」はいなかったんだなって感じました。

本当にただ立っているだけなのに、

自然に風でゆらされて、自分の姿勢が整っていくんですよ。

「脊柱のゆらぎ」、大切ですね。


様々な身体に関する方法論がありますが、

あくまであれは、最初にやった人が本当にすごくて、

こだわってこだわって、結果として感じられたもので、

それを伝える際に気をつけないと、

安易な形で伝わってしまいかねないと思います。


どれも本当に素晴らしいが、形だけのモノマネが

今は多いのではないかと思います。


以前、ヒロさんがロルフィングを受ける前と後で、

どれくらい姿勢が変わったのかを示した写真を見て、

「だいぶ変わってるね。けどまだ完璧ではないね。」

って言っているのを聞いて、「そうですね。」とは言ったものの、

「結構整ってるよな。どこがまだ完璧じゃないの?」って

思ったことがあったのですが、今ならわかると思います。


これは、自分が経験した人にしかわからないのではないでしょうか。

構造だけ、形だけを求めても、多分無理だと思います。

本当にわかっている人から見たら、すぐにわかってしまう思います。

「ニセモノだ。」って。


ずっと目をつぶって、立っていたい感じでした。

風が感じられるし、本当に気持ちよかったです。


これが、ヨガでは“Tadasana”って呼ばれるポーズなんです。


ただ立って、目をつぶって、「センターを感じて」って言われて。

でもね、これすごく奥が深い。

そしてすごく重要なポーズだって気づきました。

だから残っているのでしょう、こんな時代でも。


少しずつカラダの時代になってきたと思います。

みんなカラダにいろんな角度で興味をもつようになってきた。


でも、その方法論は表現であり、その表現を生んだ、流れは何なのか?

それを深く味わないと、その各方法論の理想には

たどり着けないと思います。


でも、それは仕方のないことだと思います。

本当に極めようと思っても、なかなか難しい時代ですからね。

ただ、カラダと向き合ってばかりでは生きていけない。

カラダの声に従ってだけでは生きていけない。

逆に、そこまでしなくても生きていける。

楽しく生きていける。


僕だって、今日のヒロさんの助けがなかったら、

一生、「センター」なんて感じられなかったでしょう。


でも、みんなカラダには興味が出てきている。

そうしたら、僕の役目は何なのかといったら、

その現実のあなたと、理想とのギャップを

integrationをしていくお手伝いなのかと思います。


ヨガをやっているんだけど、いまいちセンターってわからない。

ピラティスをやっているんだけど、姿勢が変わらない。

スポーツで軸が大切だって言われるんだけど、何?


そんな方々の何かお手伝いになれればいいかなと思います。


一度自分で実感してしまうと、簡単なことなんですけどね。

言葉で言ってしまうのも、すごく簡単だし。


でも、それが難しい。

そして、その前の段階で、「もう十分だ。」って満足している人が多い。

まだまだ先はあるし、もっともっとおもしろいものが待っている。




意外に自分に制限をかけていることって多いし、

緊張していることって多い。


それ自体は、悪いことではないと思うんだけど、

それに気づけていないことが、一番の問題。


きれいな人と結婚することも、

偏差値の高い大学に合格することも、

使っても使ってもなくならないお金をもつことも、

それだけが幸せではないと思う。


もっともっと豊かな幸せがあるんだと思う。


それに気づかないと、本当の意味での「貧困率上位国」に

なっちゃう気がする。


頭かたくなってませんか?

知らないうちにかたくなり始めるのは、頭。


そんな頭のかたさをゆるめるためには、

他の環境に身を置くこと。


あなたの冒険心は、探したらまだ見つかる場所にありますか?




僕の夢は、「世界を旅して、世界中の人に出会う」ことです。



関連記事
スポンサーサイト
Category:大友 勇太 | Comment(0) | Trackback(0) | top↑ |

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。