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朝の音が遠くに聞こえる。

2009.11.27 Fri
先日、「第6回中部学生トレーナー交流会」が、

母校の中京大学であったので参加してきました。


中部地方にある大学、専門学校で「トレーナー」を

目指して勉強している学生が年に一度集まって、

熱く語り合う会です。


僕が大学1年生の時から始まって、もう6回目になりました。


中京大学のトレーナー部会の代表が、交流会の実行委員長を

することになっているので、1年生の時から代表を目指していた僕は、

「4年生になったら俺も実行委員長するんだな。」って、

壇上の上で司会をする4年生の実行委員長の先輩を見ながら、

交流会に参加していました。


そして時は過ぎ、僕も大学4年生になりました。


1年生の時から意識していたし、周りからの期待も大きかったので、

当日は大いに僕は緊張しました。


そのせいか、僕は当日の交流会のことをほとんど覚えていません。

あれだけ楽しみにしていたのに、何も覚えていないのです。


だから、自分の実行委員長をした時の交流会のことを

話されても僕は何も話すことがありません。


今までの人生の中で、「フロー」と呼ばれる状態になったのは、

後にも先にもその時の交流会の時だけです。


甲子園でサヨナラ逆転満塁ホームランを打ったら、

そんな感じなのでしょうか。


そんな僕でも、今でも覚えているのは、

交流会後に打ち上げでみんな感動して泣いてて、

「ありがとうございました。」とか、

「交流会に参加してよかったです。」とか、

同期や後輩達に言われるのですが、

僕は記憶がないので、「何でみんな泣いてるんだろう?」って

キョトンとしていたことです。


それと、散々飲んだ交流会の次の日の朝は、すごく晴れていて、

とても静かでした。

音が遠くに聞こえるんです。


そして、ベッドの上にへ自分がいて、何だか何かに満ちているようで、

やり遂げて空っぽのような不思議な感じでした。


そんな気持ちのまま、世の中は何もないいつもの月曜日だったので、

僕は授業に行きました。


交流会自体のことは覚えておらず、何とも言えない気持ちの

次の朝のことは覚えています。


とにもかくにも、人生の中で「交流会」は不思議な時間でした。




そして、僕のそんな実行院長の姿を見ていた1年生達が、

今年は4年生として交流会をすることになりました。


僕が神戸で苦しみ、悩み、泣いて、笑った、その時間の流れの中で、

彼らも立派に成長していました。

偉い、偉い。


自分たちの交流会の時と、今回の交流会を比べても、

かなりクオリティーが高くなっていました。

すごいですね、今の子達は。


僕らの頃は、何もかも手探りな状態だったので、

「未開の地を開拓していく」状態でした。


だから、普通のことをしても目新しかったし、

少しクオリティーを上げるだけで、評価はしてもらえました。


でも、ある程度「型」は出来てきたと思うので、

これからは「思い」がないと、つまらない会になって

いってしまうのではないかと思います。


テクニック、スキルの先にあるものを、

探っていってほしいものです。


がんばれ、後輩達よ!




後輩達のキラキラした笑顔を見せていただき、

もうアラサーと呼ばれ始めている僕らおじさん達は

交流会後にOBOG会をすることにしました。


久しぶりにいろいろな方々に連絡させていただいたのですが、

みなさんお元気そうで何よりでした。


参加できないのにも関わらず、温かいメールを送っていただいた

方もたくさんいらして、幹事をしてよかったと思いました。


みんな社会人になると、いろいろな壁にぶち当たると思うんです。

僕なんて壁だらけでした。


僕はいつも怒られっぱなしなので、「俺が最高だと思っていた

大学時代ってそんなに悪いものだったのだろうか?」って、

大学時代を疑い始めたときもありました。


そんなこんなで、大学時代の先輩、同期、後輩と会うのが、

怖くなっていた時期もありました。

「嫌なところが見えてきてしまうんじゃないか…

そして俺の嫌なところも見せてしまうんじゃないか…」


でも、お互いに、大学の時ほど近くなくて知らないから

そう思っているのだと気づくことができました。

「みんな、なんだかんんだで、実は全然変わってなくて、

みんな会いたいんじゃないのか。」って。


そうして23名の仲間が、また豊田に集まることができました。

様々な学年の人達が集まってくれました。

日本全国から集まってくれました。


なんだか「帰るべき場所」に戻ってきた感じがありましたね。

懐かしい笑顔が最高でした。


いつもは職場で気を使って、会を盛り上げたり、仕切ったりしているのですが、

この集団では僕が火を点ける前から、いろんなところで火が点いちゃってるし、

それがまた時間ごとに集まりを変え、また違う火が点いちゃってて。


なんだかその光景を見ているだけでうれしくなりました。

「あー、やっぱり俺は脇役がいいんだ。」


結局、二次会には事前の参加希望が3名くらいだったのにも関わらず、

17,8名の参加になりました。

しかも、狭い部屋でね。笑

しかも、3時過ぎまで。笑


「このメンバーで仕事ができたら、どんなに楽しいことか。」って、

学生の頃は考えていましたが、やはりそう思いますね。


もちろんクリニックの仲間もすばらしいのですが、

まだ個々が際だって、ひとつの目標に向かって

進んでいっている感じではありません。


中京大学の僕のいた時代は、ただ「仲のいい」仲間じゃなくて、

他の集団と比べても、僕は「特別な」仲間が揃ったんだと思います。

僕はそう信じています。






次の日、

目を覚ますと、友達の車の中でした。


そして、すごく晴れていて、そして静かだったな、

あの日の朝のように。


そしてまた、神戸に戻ってきました。


いつもの日常が始まりました。


遠く離れている仲間の姿を思い、

気持ちは近く、

また笑って集まれる日まで。


みなさんお元気で。








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