RSS|archives|admin

スポンサーサイト

--.--.-- --
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


Category:スポンサー広告 | Comment(-) | Trackback(-) | top↑ |

自分なんて

2008.03.13 Thu
様々な患者さんとの出会いを重ねていくうちに、

少しずつ自分に変化が出始めたと感じる。


今までは、「自分のやり方」に固執していた。

そんな風に思った。


大学4年間勉強して、力が至らないながらにも

選手の方々とトレーニングをしてきて、

なんとなく自分の型、やり方ができたように思った。


それで勝負できると思って、

卒業してフリーで頑張っていこうと思った。


これで否定されたら、違う仕事をしよう、と。


だから自分のやり方を否定されることに腹が立ったし、

自分のやり方でやれないことにも腹が立った。


今、クリニックで働いて、

自分のやり方なんてないんだなと思う。


自分はあるけれど。

そして、目の前には相手がいるわけで。


ふれあって、その相手の行きたい方向に

行っていただく。


それしかない。


モノとモノとがふれあい、摩擦が起きる時には、

やわらかい方が形を変えていくのだと、

僕の尊敬する人はブログにそう書いていた。


それなら

やわかいモノに自分がなろう、と。


ぶつかって、なんとか自分のやり方にはめようとして、

はまっていないとこは否定して、

切ったり、削ったり、ひっぱったり

しようとする。


否定から始まる会話。


そして自分を感じる。

わたしはすごいんだ、と。


そこでしか患者さんをみてはいけない。

自分の都合だけで、エゴだけで。




やわらかいモノに。


自分というものは

とても大切でかけがえのないもので

愛すべきものなのだけれども、


他の目が入ってきたときの

他との違いを主張するための

個性、というか結局、自分なのだけれども

それは邪魔になるときもある。


自分を引き受ける

そうして、やわかいモノに


関連記事
スポンサーサイト


Category:大友 勇太 | Comment(2) | Trackback(0) | top↑ |
<<それぞれの文法、そして | HOME | 無秩序な秩序>>

柔らかいもの。
自分の目的が主張を通す事なのか、結果を出す事なのか。
相手が望むものがなんなのか?
俺はとりあえずこの二つで考えた方がいいと思うな。
踏み外しちゃいけないものだけは、通して、他の部分では妥協してあげる。

俺が最近読んだ本でメンタルトレーナーの岡本正善さんが書いた本があるんだけど、相手に自分の要望を通したかったら、相手の言葉を使うことだって書いてあった。
単純に主張が通らないんじゃなくて、相手のリズムの乗ってあげてないだけかもしれないよ。

最近おれボクシングやってて、ボクシングって力はいらないんだ。
大切なのはタイミングとスピード。
会話もタイミングと瞬発力というスピードじゃないかと思うことがある。
ちょっとでも乗り遅れると全然ぴんとこない。

複雑系よく分かった。
人間の体も、人間関係も、宇宙も、そうなのかもしれないね。
アインシュタインじゃないけど、もっと全てを統一できる法則を見つけた面白いだろうな。




- | あのアニメのジェリーの相方。 | URL | 2008.03.15(Sat) 06:24:00 | [EDIT] | top↑ |

あのアニメのジェリーの相方。さん

たまに、何を話していたのかを忘れる瞬間があるんだよな。自分が消えて、心地よさだけが残る。力みなんてないし、波長があったって感じ。
ボクシングもそうなんだろうね。

俺も何か始めようかな。
- | 大友 勇太 | URL | 2008.03.16(Sun) 07:53:22 | [EDIT] | top↑ |

name
title
mail
url

[     ]
Trackback URL
http://ccca.blog61.fc2.com/tb.php/308-af6a60cb

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。