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言葉に縛られ、言葉から放れるとき

2008.09.01 Mon
今日はトレーナーをさせてもらってる

大学のアメフト部に行ってきました。


もちろん選手に直接リハビリの

サポートをすることもあるのですが、

僕の今のポジションは、

学生トレーナーのシステムのアドバイスや、

学生トレーナーの相談役だと思っています。


今は、電話でリハビリ相談を小まめに取りながら、

週に一回は直接チームに足を運びます。


たった週に一回行って、それで選手に指導して

結果を残すほどのカリスマ性、指導能力は

僕にはありませんので、僕が一生懸命サポートするよりも、

たくさん人数がいてくれて、毎日のように選手の一番そばにいる

学生トレーナーのみんなのサポートをしたほうが良いと

今は判断してやっています。


チーム事情として、勝利至上主義というよりも、

勝利を目指しがんばっていく中で人間的な成長をするという

スタイルをとっているので、

例えば、僕がやってしまえば選手には

すぐに伝わるのかもしれないことを、

あえて対処療法的なことはせずに

学生トレーナーがやることを見守ることだけをしています。


大体の問題点だけ伝えて、

それをどう捉えてやっていくのかは

個人に任せることにしています。


基本的には、○か×かしか伝えません。

なぜ○なのか、なぜ×なのかはなかなか教えません。

それでは意味がないですから。


今日も、修正してほしいとこだけを伝えました。

やり方はどうでもいい、と。

修正できたら呼びに来て、と。


たまにヒントは出します。

どこを見ればいいのかなど。


あーでもない、こーでもないと

選手とディスカッションしながら

トライ&エラーをしています。


どうにもこうにもいかなくて降参する場合は、

選手とお互い本当に納得いくまでの

トライ&エラーができての降参なのかを、

二人からの主観と、

僕から見た客観で判断して

僕ならこう考えるよってのを示します。

いいから後ろから見てて、と。


勝利至上主義なら、真っ先に僕がやるのかもしれません。

でも、それはこのチームでは違うと思います。


他人の車に乗ってても、

よっぽどの問題意識がないと、

道は覚えれません。


自分で、ナビに頼ることなく、

トライ&エラーを繰り返して運転すると

簡単に道を覚えます。


それに似ているのかと思います。

どうがんばってもタクシーじゃ厳しいです。

ナビでも厳しいです。

自分で考えて失敗しても、そこに本当にいきたいと思えば、

それが一番の近道なんだと思います。


最近は、ボーっと立ってたら、

話しかけてきてくれる学生トレーナーが出てきました。

前は、ボーっでした。

「前に言ってたことって、あの選手のあのことですか?」

「おっ、よう気づいたね。じゃあ、これは?」


僕は、真面目に勉強していなかったから、

教科書に書いていることは残念だけど伝えることが出来ません。

だけど、どうやったら目の前の人が変わっていくのかは、

自分のやり方でよかったら伝えることが出来ると思っています。

流行とはわかんないけど、ちょっと見た目汚いけど、

味は絶対に保証できる店は紹介できるよ、って。


でも、それもなかなか伝わらないこともあります。

「大友さん、言いたいことはわかるんですけど、

 具体的にどうしいったらいいんですか?」

ってな感じです。


どうしましょう。

どうしますか?


今は、背中を見せるしかないかなと思っています。

すぐに答えを求めてしまうのですが、

答えってなんでしょう?

勝つことですか?

動きを修正できたことですか?

ただ答えだとしておきたいのですか?


「目の前の選手に何かしてあげたい」

と、その気持ちだけだと思います。

最初から、指導者と選手という立場で話をしてしまうから、

怖くなってしまうんだと思います。

指導者なんだから、間違ったことは伝えれないし、

責任もあるし…

もちろんあまりにも失敗しすぎるのもどうかと思います。

それがケガなら複雑になってきます。

でも、だからって最初からそんなにびびって

小さく小さくまとまってしまったら、

なんだか窮屈な人間関係になってしまうと思います。


そうではなくて、まず人と人として向き合って、

そこでつながることが大事だと思います。

なんとかしたいと心からそう思う。

その思いは必ず相手に伝わると思います。

それさえ伝われば、たとえ自分が未熟で失敗しても、

それでケガをしてしまったとしても、

選手が責めることはないと思います。


それを形から入ってしまって、

指導者としてのトレーナーと選手の関係になってしまうと、

とてもドライな冷たい感じになってしまい、

そこに生気や熱は感じることは困難になってしまいます。


とは言っても、なかなか難しい問題ですね。

僕としては、知識、技術を伝えるだけだったら、

僕じゃなくてもできるし、そのうちロボットでもいいだろうと思います。

でも、熱は人しか伝えられないと考えています。


ちょいと話は変わりますが、もう一つ思うことがありました。

バリエーションの話です。


もちろん、一人として同じ人間はいないので、

個別の指導をしていくことはいいと思います。


でも、バリエーションや個別指導は、

エクササイズの選択の話ではないと

僕は思うのです。


「股関節中心に動くために有効なエクササイズはありますか?」

ありますか?

僕は答えることが難しいです。


僕も人によってある程度エクササイズは変えます。

でもほとんどいっしょです。

よっぽど特異な感覚に気づいてもらいたい時などは、

結構変わったこともしますが、

かなり乱暴に言ってしまうと、

別に何でもいいです。

誰かに組んでもらったトレーニングでもいいです。


それを、トレーニングなんだと気づきのきっかけを示したり、

関係性を明らかにする手助けをするのが僕らの役目だと思います。

何気ないこのトレーニングのその感覚が、

実はあんなことに結びついているんだよ、と。


バリエーション、個別指導というのは、

エクササイズの選択の問題よりも、

どう伝えていくのか、何に気づいてほしいのか、

アプローチの差が重要だと思います。


ちなみに僕のA-Yogaの師匠は、

同じポーズをみんなに指導しているときに、

それぞれの問題とその人のそばで修正したりもしますが、

全体に呼びかけているんだけれど、

まるで自分にだけ話しかけてくれているような気になるような

声かけをしてくれます。

すごいですね。

僕もそうなりたいものです。


そうやって、今日も学生トレーナーとの一日を終えたわけですが、

僕も彼らのやっていることがわからないわけではありません。

僕もそうでしたから。

教科書に、本に載っていることを手当たり次第やってみて、

でも結果が全然出なくて苦しんで、

選手に何も言えなくなっちゃって

といった感じです。


でも、それである程度のところまでは行くことができます。

言葉は人間を縛ります。限定してくれます。

それによってぶれずに進んでこれるので、

とりあえずは来れます。

でも、その間に見てこなかったこと、捨ててきたものって

結構あると思います。

そしてある時に、その先にいる人を見てしまうと、

それだけじゃダメなんだと気づかされます。

こんな世界があるのか、と。


そして、言葉ではうまく捉えきれない、

茂木さんが言うところのクオリアな部分に触れます。


学生トレーナーのみんなは本当によく勉強していると思います。

もっともっと勉強してほしいものです。

そして僕は、ちょっと違う世界に触れるきっかけになれればいいかなと思います。


これからの彼らがとても楽しみです。

それには、もっともっと自分も成長しなければ。


「山頂に、山あり」

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