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神戸を終え、秋田に戻った。

2010.04.09 Fri
どうもご無沙汰しております。


1ヶ月以上もブログを書いていなかったので、

早く更新しろと広告が貼られちゃってましたね。笑


とにかく、僕は今アメリカのColoradoのBoulderって街にいます。


それまでの経緯を少しずつ書いていきたいと思います。




前回のブログが3月3日でしたが、3月は僕の中では

地獄のようなスケジュールでした。


と言うのも、4月からアメリカに行くことを決めていましたので、

みなさんにご挨拶をしたかったのです。


僕はお酒の席での語り合いや、つながりをとても大切に

しているので、どうしてもご挨拶は杯を交わしながら

ということになります。


簡単な話、ほぼ毎日のように飲んでいたと言うことです。笑


なので、ブログを書きたかったのですが、夜は完全に記憶ないですし、

朝は二日酔いなので、時間がなかなか作れませんでした。


「地獄のような」と先に書きましたが、「飲みたくないのに飲んでいた」

わけではありません。


僕からスケジュールは埋めていきましたし、本当にどの方との

飲んでの語り合いは素晴らしいものでした。


東京から夜行バスで帰ってきてからの飲み会もありました。


金沢で2日連続朝5時まで飲んで、新潟でお茶をしながら一日中語り合い、

そんで夜行バスで帰ってきてすぐに仕事ってこともありました。


前の職場の送別会には、関西の心の師匠が来ていただきました。


そして、その次の日には二日酔いの状態で引越しをしました。

実質、ほぼ1日で引越ししました。


それができたのも、僕が神戸で唯一「マスター」と呼んでる方の

助けがあったからです。

ほとんどの家具、そして引越しの際のゴミも処分してもらいました。

その助けがなかったら、多分まだ神戸にいたと思います。


そして引越しが済んですぐに、前の職場に通ってらっしゃった患者さんの

コミュニティがあるのですが、その送別会にも参加させていただきました。


まさに老若男女のメンバーで、職種もバラバラな集まりなのですが、

とても楽しい飲み語らいになりました。


そして、前の職場の最後の勤務後にも、ピザを囲みながら

ちょっとしんみりの飲み会もしました。


本当に様々な方々から、叱咤激励のお言葉、そして温かい贈り物を

たくさんいただきました。


まさか、神戸で2年半という中途半端な期間しか働いていない

秋田の外来種の僕に、こんな贈り物があるだなんて、

神戸に来たばっかりの僕は想像できていませんでした。


何で、そこまでみなさんが贈り物をしてくれるのか

僕にはわかりません。


ただ、手の中、もっと言うと、僕の胸の中には

温かくもずっしり重い贈り物がたくさんあるという事実だけが

あります。


僕はすごく苦しくなりました。


僕の頭では処理がしきれないほどの、多くの贈り物が

どんどん贈られてきたのです。


初めてあんなに頭がパニックになりました。


とりあえず、「ありがとうございます。がんばります。」

しか言えませんでした。


言葉さえ出てくれれば、頭の中に隙間ができるので

パニックになることはないのですが、

如何せんインプットの方があまりにも多すぎて、

シャットダウンしてしまいました。


あの胸の苦しみは忘れられないと思います。


まさに「言葉にならない思い」でした。


最後の勤務を終えた次の日の早朝には、秋田行きの

飛行機に乗っていました。


空港までの道のりの中で、神戸の街並みを

ずっとずっと見ていました。


初めて神戸に来たときに、電車の窓から見える六甲山の綺麗さ、

そしてその麓にある神戸の街並みの素晴らしさは

今でも覚えています。


「こんな素晴らしい街に、僕は住むことができるんだ。」

と。


それがいつしか、自分の日常になり、自分を癒してくれるものになり、

自分の一部になっていたものが、今自分から離れていく。


また胸が苦しくなりました。


時間がくれば、飛行機は秋田に着き、そして秋田の生活が始まります。


それだけのこと。

たったそれだけのこと。




久しぶりの秋田は、甥っ子が空港まで迎に来てくれました。


5歳しか違わない甥っ子が、一緒の小学校に通っていた甥っ子が、

車で僕を迎えに来てくれる。


車の中でいろいろな話をしました。


我が家の中では、様々なことが起きていました。

そして彼にもいろいろなことが起きていました。


頭はシャットダウン状態、胸には重いものが縛りついている状態で、

「とにかく秋田では温泉に行ってのんびりしよう。」と考えていたのに、

現実はそれを許してくれませんでした。


秋田にいる間、

改めて「『家族』って何だろう?」って考えました。


すごくすごく考えました。


でも、神戸で少し大人になれたせいか、落ち着ける考えに

至ることはできました。


僕は、いろいろあるけどこの家族がすごく好きだなと思うし、

最後には帰ってきたい場所だと思いました。


アメリカに行く前に、本当にただ癒されるだけの秋田だったら、

家族のことなんてそんなに考えなかったと思います。


いいきっかけだったと思います。


そうして僕は、東京へと向かう飛行機に乗りました。

素晴らしい家族に見送られて。




うまくは言えないですけど、

日本でお世話になったみなさん、本当にありがとうございました。





と、自分でもこんなにしんみりした感じにしたくはなかったんですが、

とりあえずは今日はこの辺まで書きます。


また秋田からBoulderまでの道のりは、改めて書きます。


もうしばらくお待ちください。






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