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それでも僕は生きてます、アメリカで。

2010.04.09 Fri
秋田から東京へと到着し、

最後の晩餐は、なぜか気が合う年上のお姉さんと

ご一緒させていただいた。


彼女には一度、中京大学に招いて講演してもらった時から

ご縁が始まっている。


肩の力を抜いても、ずっとつながっているような

ご縁ってなぜかある。


いろいろとアメリカでのアドバイスをいただいた。


彼女はアメリカで相当苦労してきたらしい。

話している内容そのものもそうだが、

言葉の端々からそれが伺える。


そうしているうちに朝が来て、成田空港へと向かう。


荷物の重量制限が厳しくて、

なかなかオッケーを出してもらえなかった。


なんと預ける荷物2つの総重量だけでも45kgもあった。

機内持ち込みも合わせると、僕の体重を超えていたと思う。


何をするにも、海外に行くのはなかなか大変である。


ようやく機内に乗り込める頃にはいい時間になっていた。

余裕を持って空港に来てよかった。


飛行機が動き出す。

何だか実感はなかった。

「10時間くらい大人しく座っていれば、アメリカに作ってだけの話だろ。」


まさにそうで、10時間座ってたらアメリカに着いていた。


Seattleでの乗り継ぎは2時間ほど余裕があった上に、

予定よりも30分早く到着した。


ここから入国審査である。


Seattleの空港にはご丁寧に、液晶に日本語字幕で入国審査の

説明が流れている。

相当、日本人が迷惑をかけているのだろう。


そういえば、初めて海外に行ったときに、入国審査で引っ掛かったけな。


係の人がデスクの下にあるボタンを押して、2mを超える黒人さんに

連れて行かれるところを、英語を話せるATCの方に助けてもらった。


本当にいちいち問題を起こす。


今回はvisaもあってかスムーズに入国審査は終わった。


預けた荷物を一度受け取って、もう一度荷物のチェックがあった。

アメリカもいろいろあって、かなり面倒くさい。

しょうがないのだろうけど。


って待てよ、The North Faceのバックがない。


ない。


本当にない。


日本円で20万くらいとカード、iPod touchに、

その他諸々大事なものを入れたバックがない。


やってしまいました。


確かに自分にしては順調すぎた。


でも…


飛行機からは持ち出したことは覚えている。

入国審査の時も持っていた。


多分、荷物の再検査の時だ。


引き返すが、当然止められる。


すぐその辺にあるだけなのに、別にゲートかあるわけでもなく、

人が立っているだけなのに、そこを通してくれない。


おまけにテンパッているので、英語がめちゃくちゃで

全然伝わらない。


日本人の人に対応してもらう。


Baggage Claimに行けと言われる。


しかし、どこのBaggage Claimに行けばいいんですか?


とにかく行ってみるが、「俺にそんなこと聞くな。」ばりに言われる。

いろいろ聞いてみると、どうやら正反対の方向に来ていたみたいだ。


目的の場所に来て問い合わせをしてみるが、

もう頭は崩壊状態なので、全く英語が通じない。


でも、聞くのは聞こえているので、

「日本人が来てるんだけど、全然行ってることが通じてないから、

 そっちに日本語できる人いる?」なんて言われる。

それでまたヘコむ。


日本人の人にバッグがあるか確認してもらうことに。


「ありました。」


「でも…」


どうやら拾ってくれた人が、中にお金がたくさん入っているので、

本人が来ないと絶対に渡せないと言っているらしい。




めんどくせーーー。



もしかしたら、「拾ってあげたんだから、何割かよこせ。」

とか言われるのかと想像し、泣きそうになってしまった。


とにかく集合場所へと向かう。


が、全然集合場所が分からない。


さっきまでいた場所なのに戻れない。


いろんな人がいるけど、「セキュリティチェックを受けろ。」と言われる。


何言ってんだよ。

俺は、さっきのモノレールに乗りたいだけなの。

何でセキュリティチェックを受けなきゃいけないんだよ。


みんなそう言う。


最悪のシナリオが頭を過ぎる。


このままバッグも持っていかれて、さらに乗り換えにも

間に合わないんじゃないのか…


時間もどんどん過ぎていく。


乗り継ぎの時間ももう30分もない。


でも、相変わらずバッグは手元にはない。


とにかく言われた通りにセキュリティチェックを通ることに。


でも、すごい列。

この時になって、テロに怒りを覚える。


しかも、係の人が全然急がない。


さらに、肝心の自分がセキュリティチェックに引っ掛かる。


どうやら皮の手入れ用のオイルがダメらしい。

こんな俺がそんなの悪用するわけないっしょ。

俺の大好きなリラックスタイムの手入れの時間が…

高かったのに…


そうこう言ってられず、とにかく集合場所へと向かう。


と、この辺でようやく、この空港の構造、ルールがわかってきた。

遅いよ。

もう20分もないよ。


国際線が到着し、入国審査をしてアメリカへと入る。

そして、国内線に乗り継ぐために、もう一度荷物のチェックをする。

荷物のチェックを終えたら、持ち込みの荷物のチェック、

そして身体チェックをし、それでアメリカ国内の空港の中に入る。


だから、僕は預ける荷物のチェックを終えた後の

国内の空港に入るチェックをせずに、移動することになったので、

国内の空港に入るためにセキュリティチェックを受けなければ

いけなかったのだろうと、多分そう思う。


そして、バッグを拾ってくれた人とご対面。


って、普通の係の人じゃん。


どうやら、高額のお金が入っているので、

もし僕が、「もっとお金が入っていたはずなのにない!!」

なんてその人を訴えるかもしれないので、

目の前でバッグの中身を全部確認して、

「確かに全部ありますよ。ありがとうございます。」

と、僕が言ったのを二人で共有したかったのだろう。


何だよ、早くそう言ってくれよ。


とにもかくにも、もう時間がない。

ダッシュで乗り継ぎのゲートへと向かう。


死ぬほど走った。


長時間の移動の疲れなんて関係ない。

顔がとんでもない顔になってたって関係ない。

もう走れなくなってもいい。


とにかく間に合えばいい。


大和魂は、今ここで発揮すべきである。


なんてわけわかんないことを考えて走った。


結果は…


最後の一人で乗り込めた。


本当にギリギリ。


でも、ギリギリセーフ。


これが僕の特技、

「危ない目によく遭遇するが、いつもギリギリセーフ。」

多分、長所はこれしかない。


ギリギリアウトなら、僕は今こうして生きていられないと思う。


そうやって、自分を磨いてきた。


本当にギリギリの場面で、何を選択し、そして生き残るか。


そういう自分の最も底の「素」の部分をさらけ出すと、

自分の底力が上がると思う。


多分、僕の尊敬する人たちも、そういった危ない場面に遭遇し、

そして生き残ってきたんだと思う。


だから、生傷が絶えないけど、何か滲み出てくるものが

あるのだと思う。


大好きな内田樹さんは、「どうしていいのかわからない状況で、

それでも適切な手段を選択する能力」と言っていた。





てか、アホな話はこれくらいにしておいて、

そんなこんなで問題起こしながら、

僕はBoulderに着いたのでした。笑


僕の安否を心配してくれた人がいましたら、

こんな感じで、いつも通りの僕をアメリカでも

してますので、どうかご心配なく。


さて、そろそろBoulderの話をしたいのですが、

それはまた次回。


では。







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