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言葉が、それを触れてくる。

2010.04.21 Wed
「やっと巡り会えました。」


今日のyogaの先生、すばらしかったです。

僕が求めているような先生でした。


“Flow”のクラスでした。


まずは、「声がいい。」


すごく柔らかい、ホワっとした声で、

自然に身体に入ってきます。


他の先生のクラスでは、

どうしても「英語」なので、

「聞く」ことに集中してしまって、

身体は緊張してしまうし、

言葉のする方に「引っ張られちゃう」んですよね。


だから、センターが決まらず、

グラグラしてました。


こういう声は、

僕の身体に染み込んで、

そんで「動きを引き出すところ」を

誘導してくれるんです。


「言葉に触られる」


って感じです。


誰かに「触って」誘導されるときって、

基本的には「言葉はいらない」ですよね。

だから頭まで情報を持っていく必要がなく、

直感的に動くことができます。


「言葉」で誘導されるときは、

まずは「その言葉を理解」して、

そして「自分で行動」しなきゃ

いけないですよね。

頭まで情報を持っていかなきゃいけないので、

余計に時間もかかるし、

意識的な動きになっちゃうんです。

情報、自分の意識が動く幅が大きいから、

軸が定まらないんですよ。


なのに、

この先生の言葉は、

僕の身体を「触ってくる」んです。

僕が「意識しなくても動きたくなるようなスイッチ」を

押してくれるんです。


「これ」ができる人って、

なかなか多くありません。


僕も今まで、僕の最初のyogaの先生の邦子さんと、

大阪のヨガスタジオのDavidと、ヒカルさんだけです。


タッチ、つまり「触る」ことは、

一対一でしかできません。


だから、どんだけタッチがうまくても、

触った人しか誘導できないんです。


でも、「言葉」で「タッチ」ができると、

聞こえる人はみんな誘導できます。


なぜそんなことができるかというと、

「自分の身体と相当密に向き合っている」

からだと思います。


自分の身体で様々な問題を経験をして、

そして、それを納得して、

またそこで出てきた問題に向きあって、

そんで身体を使って、

それを納得して…


というような、「圧倒的な経験の厚み」が、

自然に「身体を感じさせる」「身体と相性のいい」言葉に構築され、

それが自然に出てくるのだと思います。


そもそも「自分の言葉」で語れる人が極めて少ないし、

それでいてその言葉が、「身体と相性がいい」、

稀有な存在だと思います。


今日は「黙っても身体が動いた感じがします。」って

感じのクラスでした。


そういう方のクラスなので、

クラスの中の空気も「ボーン」というような、

「無音の音」に満たされています。


そういう時って、

「あ、『まだ行きたい』って身体が言ってる。」

って、身体がまだ行ったことない場所に

行こうとするんです。


それは決して、「緊張」からは生まれません。


よくない「空気」、「場」のクラスだと、

そういう自然に出る身体の「挑戦」とか「冒険」とかを

殺ぐんですよね。


そういう「空気」、「場」ってすぐにわかります。

音楽かけたから、お香を焚いたから、

空気の入れ替えをしたから、

改善されるものではないんですよね。


その人の「生きてきた道」っていうか、

「人となり」で決まると思います。


「そういう」人には、「そういう」人が集まり、

そのクラスを構成している人がまずいいし、

「そういう」人が醸し出す「空気」、「場」って

やっぱりいいし。


テクニックとか、そんなのを超えたところでね。


だから、yogaのバイブル「ヨガ・スートラ」って本にも、

asana以外の修行がたくさん書かれています。


そこには「人としてどんな生き方をするのか」みたいな

ことも書かれています。


普段から「徳」を積むようなことが大事ですよって

大昔から書かれているわけです。

ポーズだけじゃなくてね。


そういうのも含めて、「先生」なんでしょうね。


今日の先生は、

アメリカにありがちな、asanaに特化した「フィットネス」なyogaでもなく、

「瞑想」に特化して、「難解な言葉」が飛び交う、「神秘的」なyogaでもなく、

すごくバランスの取れたyogaのスタイルでした。


「フィットネス系」は、体操選手権になるし、

「神秘系」は、なんか怪しい気持ちになってくるし、

まんなかがいいかんじですね。


それはそもそも、

「なぜyogaを始めたのか?」

ってところかなと個人的に思っています。


最初の入口が、asanaに憧れて、

「あんなポーズが取れたらかっこいいな」

ってスタートの人は、

「フィットネス系」に行きやすいと思いますし、


「神秘的な感じがして素敵」

ってスタートの人は、

「神秘系」に行きやすいと思います。


もちろん、途中でスイッチして、

逆の方に行くこともありますよね。


でもね、

「自分の身体に興味があって…」

って人は、

そのどちらでもないし、どちらでもあるような気がします。


先に書いた2つは、どっちにしろ「yoga」そのものに

焦点が合ってました。


でも、「自分の身体」から始まった人は、

焦点は「自分の身体」です。

「yoga」はその大切な「方法論」です。


今日の先生も、

そして「言葉でタッチできる」先生たちも、

焦点は「自分の身体」なんだと思います。


だから、

クラスの生徒さんの「asanaの出来栄え」でもなく、

「瞑想への入り具合」でもなく、

「身体がどう感じているのか」に

焦点があったのだと思います。


僕も、「そこ」に焦点があったから、

「なんかいいな」って思ったんでしょう。


「こういう」感じってわかってもらえますかね?笑


とにもかくにも、

ああいう「バランスがいい」先生に出会うと、

興奮して夜も寝れなさそうなんです!!笑


こういう出会いって素晴らしいな。

狙ってできることじゃないし。


本当によかった。

やっと「yoga」しました。


これから先は、「やるしかない」ですね。

どんどん「自分のyoga」を深めていきたいと思います。


「学び」が発動するためには

いくつかの条件があります。


詳しくは、「内田樹 入試部長のひとり言」を見てみてください。




「学べること」に今日も感謝。


Yuta
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