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雨が、それを教えてくれるような気がして。

2010.05.06 Thu
今日は冷たい雨。

昨日までの快晴がウソみたいです。

山の天気は変わりやすいので仕方がないですね。


ちょっと早めにランチを取ってから、

om timeでKristenのyogaを受けてきました。


Kristenの良さは、

「Kristenなyogaをしている」

ところです。


「yogaなKristen」ではないですよ。


先に「Kristen」という「人」がきます。


ここ、重要です。




ちょいと、例えを…


50肩と診断された、53歳の男性がいます。


とにかく「男は仕事」と、30年近く家族のために

仕事をしてきました。


ほとんど休む暇もなかったみたいです。


仕事で腕を挙げる動作が多いので、

とても困っています。


さて、この男性を誰かに説明するとき、

どう表現しましょうか。


「50肩の中年男性。」


「男性は、仕事を家族のために一生懸命がんばってきて、

 今は50肩で困っている。」


もちろん、僕は医療現場で働いていたときは前者です。


まず、「50肩」がきます。

だって、医療現場ですから、「治りに来た」わけですから。

そこに対してアプローチしていくわけですから。


でも、その「特殊な偏り」を「自覚」しているかどうかなんですよね。


普通の人は、

「腰痛の〇〇さん」、「ACLの手術した□□さん」、

なんて呼ばないんですよね。


医療っていう「特殊な環境」だから、

それで「当たり前」なんですね。


でも、社会ではそれが「当たり前」ではない。


なぜなら、みんな「医療現場」っていう

「特殊な環境」には生きていないからですよね。




「病気ではなくて、人をみる」


って僕が憧れているお医者さんが言ってくれたことなのですが、

まず「人」がくる、

そしてその後に、付随してくる情報として「病気」がある。


その患者さんが「まんなか」にいるんです。


「病気」がまんなかにあるわけではない。


前の職場のみなさん、「医療現場」を否定している

わけじゃないですからね。笑


今思うと、「特殊な環境で働いていたんだな」と

思うのです。


離れてみたから、わかりました。




話し戻しますと…


Kristenが「まんなか」にいるわけです。


そのまんなかから広がってくるものの中に、

「yoga」ってのがあるわけです。


「yoga」が「まんなか」にあり、

そこに「縛られている」わけではないんです。




この世界に素晴らしいyogaの先生はたくさんいます。


「Love!ハンドバランス!」みたいな

器械体操選手のやるようなasanaが多い

フィットネス系の人か、


「宇宙の時を感じて…」とか、「人生とは…」とか、

神秘的、哲学的な人が、


大きく分けるといると思います。


どちらもいいんですよ。

すごく。


フィットネス系では、

ダイナミックな流れを作るためにも、

基礎が必要なことがわかってくるし、


神秘系、哲学系では、

イメージを変えるだけでasanaが

ぐっと深まるし、

いいんです。




でも、「前提条件が揃ったら」いいんですよね。


フィットネス系は、

まず基礎的な体力が絶対的に必要だから、

初心者の人、そんなにガッツリやりたくない人は、

敬遠しちゃうと思います。


神秘系、哲学系は、

心がオープンな人じゃないと厳しいでしょうね。

いきなり「宇宙が…」なんて言われても、

「宗教の勧誘に来ちゃったのかしら」って

思っちゃう人もいると思いますからね。




その「前提条件」を「自覚」している人が

素敵なんですね。




ほとんどの人が、

「私のyogaが一番」と多かれ少なかれ、

思っていると思います。


だから、フィットネス系も、神秘系も、

合わない人がいたときに、

「分かってないわね。」って

思ってしまうかと思います。


けど、それは「受ける側」からしたら、

「知ったこっちゃねーよ」っていう

「そっちの事情」ですからね。


僕はそういう「特化した」人たちもいいと思いますが、

「前提条件の自覚」がない人は、どうも苦手です。


何か「場が閉じている」というか、

「上から目線」というか、

「地元話で盛り上がってる」というか。




僕は、「ニュートラル」がいいと思います。


どこにも「特化」、「属」せず、

「自分のまんなか」にいる人。


IWGPで言ったら、マコトです。

わかるかな?笑




とにもかくにも、

Kristenは、どんなタイプにも染まりすぎず、

yogaにも染まりすぎていません。


どっかり、yogaに寄りかかっていません。


自分のまんなか、センターを感じて、

そこに引き寄せられてくるものを受け入れる。


まんなかから少しずつ肉付けしていくような感じです。

バームクーヘンみたいですね。


なんだか今日は例えがいまいちですね。笑




だから、Kristenのレッスンは、


結構「特化した」yogaをがっちりやっている人から見ても、

「いいじゃん」って思うだろうし、


yogaが始めての人にでも、

「なんかいい気持ち」って思うだろし、


全く違う業界の人が見ても、

「彼女らしさが出てていいね」って思うことでしょう。


そんな「yoga」が前面に出てくるのではなく、

「その人となり」が出てくる人がいいですね。


僕が憧れている人たちは、みんなそんな人たちです。


それぞれの分野でも一流、

それでいて、その人自身もとても魅力的。




あー、どうやったらそんな風になれるんですかね。笑




Kristenはレッスンの前にお話をします。


「最近、こんなことがあった。

 そして私はそれを通して、大切なことに気づいた。


 それが、これ。


 昔からyogaでは、これが大事にされていて、

 こんな風な言葉もある。


 みなさんも生活の中で、こんな場面はないですか。


 そんな時に、この気持を持てたら、

 少し楽になるかもしれません。


 今日は、これをテーマにしてレッスンをします。


 それでは楽な姿勢にして、目を閉じて…」


詳しい内容は、僕のリスニング能力がまだまだなので、

すいませんがわかりません。笑


でも、毎回こんな流れです。




本人も「学んでいる途中」なんですね。


決して、「悟りを開いた、どこか私たちとは違う世界にいる人」では

ないんです。


先生も、まだ「途中」なんです。


そして、「共に歩いてくれる」。


僕はKristenのこの話が好きです。


だから、大切な言葉も、浮つかずに、

「彼女から出た言葉」として届いてくる。


正直、それが届かない人もいます。


「自分の内側と、外側のダンスを感じる」


同じこと言っても、

Kristenが言うのと、違う人が言うのとじゃ、

全然違います。


内田樹さんの言葉をお借りしたら、

「死ぬ言葉」です。


あなたでなければ、語れない言葉。




このブログを書きながら、冷たく寒い雨をみています。


「『自分』が語らなければいけない言葉とは。」


「『自分』が一番『乗れる』ものとは何か。」


雨の中、様々な人たちが行き交うのを見ていると、

どこにいようが、誰といようが、

「それ」が見つかったら大丈夫と思えた。


そしたら、


「大丈夫、心配しなくても。」


と、雨が語りかけてくれているように感じた。


寂しさの中にこそ、本当のあたたかさが

あるのかもしれないと、そう思った。






今日の机の上です。


”Book End Cafe”というカフェに初めて来ていますが、

天井も高く、机も広く、コーヒーもおいしく、

いい感じです。




P1010785.jpg

ここに集う人たちは、何か一生懸命に考えています。


何を思い、何をするのか。


クリエイティブな雰囲気がここにはある。


自分だけの「それ」を見つけた人、

まだ見つけぬ人、

いろいろいるが、みな愉快な人たちである。




P1010783.jpg

そして、今日のリンリン。

何を思い、何をするのか。


明日は晴れたらいいのにね。




Yuta
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