RSS|archives|admin

スポンサーサイト

--.--.-- --
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


Category:スポンサー広告 | Comment(-) | Trackback(-) | top↑ |

そういうこと。

2010.05.20 Thu
先程、マイソールのクラスを終えてきました。


マイソールスタイルのクラスは初めてだったのですが、

なかなか楽しかったです。


マイソールってのは、平たく言うと、

「自主練」です。


朝の日の出に合わせて行うのが、

伝統的なスタイルにみたいなのですが、

今日は本格的なマイソールのクラスへの

導入のクラスで、夕方スタートでした。


15人くらいが、ぞくぞくと集まり、

そして自分のペースで練習を始めます。


あらかじめ、asanaのシークエンスが書かれた紙を

受け取り、それに従って各自が自分のペースで

進めていきます。


先生は2人いて、そんで歩き回りながら、

いろいろ誘導してくれます。


普段のクラスは、基本的には先生の「ガイド」を

元にクラスは進んでいきます。


だから、「もう少し深く感じたいんだけどな」って

思ったとしても、クラスはそれにかまわず

進んでいくわけです。


今日の先生は、2人ともいい感じの先生で、

英語も自然に入りやすかったし、

僕も自然に英語が出るし、

最初から心が開ける先生たちでした。


わからないところは立ち止まりながら、

ゆっくりとシークエンスを進めていきました。


わからないasanaや、asanaのつながりが

わからないかったり、大変は大変でしたが、

先生たちの誘導が素晴らしかったので、

とてもおもしろかったです。


自分のペースってのが僕はうれしいですね。


自分でやってるとわかりますよね、

「もうちょっとで違う景色が見えそう」みたいな感覚って。


そこをこだわれることができて満足でした。


フロースタイルもいいのですが、

自分の範囲の中のことはフローを感じられますが、

自分の範囲を超えると、フローを探すことで精一杯です。


そりゃ、頑丈な絶対沈まないような船での

フローは心地いいですよ。

安全が確保されているから、自分の身をフローに任せられます。


でも、すぐ穴が開きそうなウキワに乗っていても、

「あー、川の流れに乗って気持ちいいわー。」

ってなるわけないです。


だから僕は、

まずは、比較的ゆっくりやっていきたいです。


そんで、ある程度どのasanaも自分の範囲で付き合えるようになったら、

大きなフローに乗せていったら、フローに乗ることで見えてくる

気付きもあるのではないかと思います。


結局、流れるようなフロースタイルで誘導するのか、

各asanaをゆっくりと味わいながら誘導するのか、

どっちがいいのかではなく、

目の前にいる人にとって、どちらを選択すると

どのようにファンクションするかの見極めが

先生には必要かなと思います。


フローを通して、その人にどんな景色を見てほしいのか、

ゆっくり立ち止まりながら進む中で、どんな小さなことに気づいてほしいのか、

先生の見る目だと思います。


フロースタイルのyogaが何かをしてくれるわけでないし、

静的なスタイルが何かをしてくれわけでもありません。


そこから何を引き出すのか。


その人の、今の状況を感じ取って、

そして、asana、スタイルを選択する。


その目です。


もうそこにつきます。


どんだけきれいにasanaを行うか、

どんだけ多くのasanaが可能か、

どんだけ難しいasanaを話しながらできるか、

誘導はどんなスタイルか、

声はどんな声か、

タッチはどんなタッチか、


それは副次的なものにすぎないです。


トレーニング指導者にも通じますが、

指導者に求められるものは、

見る目です。


これは、見る目がある人が見ると、

残念ながら一発でわかります。


どんなに隠しても無理です。


僕の尊敬する指導者は、

僕が今どんな状態にいて、

そして、僕の人生が何を欲しがっているのかを、

的確に示してくれます。


ある時は、そっと微笑むだけかもしれない。

ある時は、きつくしかるかもしれない。

ある時は、何かをくれるかもしれない。

ある時は、何も言わないかもしれない。


僕の尊敬する指導者はそういう人たちだけです。


そして、そういう人たちは実際に存在します。


大きく紹介はされていませんが、います。


僕は、そうんな憧れの先輩たちのようになりたいです。


その素晴らしい見る目。


いやぁ、

yogaっていうか、

動きを指導するって本当におもしろいですね。


今日のクラスは、

途中、あまりにもシークエンスが長くて、

途方に暮れちゃいましたが、

最後には心地の良い自分がいました。


いいクラスは、savasanaの時に良い音が流れてるような、

いい空気で満たされてるような、

意識があってないような状態になりますね。


楽しかった。


みんなレベルが高いから、すごく刺激を受けます。


僕、一応トレーニング指導者でもあるのですが、

トレーニング指導も、yogaのマイソールスタイル

みたいなのが好きです。


もし将来ジムをつくるなら、僕はそんなスタイルのジムにします。


みんな立場も、レベルも、競技も、性別も、年齢も違って、

けど、みんな同じようなトレーニングをしたり、

それぞれのトレーニングをして、

みんなそれぞれの目的に向かってがんばる。


トレーニングはベーシックなトレーニングでいいです。

変わったトレーニングもする必要ありません。


みんな同じようなシークエンスでいいんです。


オリンピック選手だろうが、プロ野球選手だろうが、

この前サッカー部に入り始めた小学生でも、

退職後にトレーニングを始めた人も、

出産後のママさんも、

みんな同じようトレーニングをしてます。


トレーニングが何をしてくれるわけではないですから、

汎用性の高いトレーニングを選んであげて、

ある程度のシークエンスを作って、

それを実行してもらう。


汎用性が高いといえば、僕だったらスクワットですが、

プロ野球選手がスクワットしてる横で、

中学生もスクワットしてる。


見た目は同じようなスクワットだけど、

そこで何を引き出したいのかは、

それはプロと、中学生の差がある。


その人個別のトレーニングって、

トレーニングの種類の多様性じゃないと思います。


ただそれはたくさんカードを持ってるだけ、

カードゲームです。


でなくて、優れた指導者は、

スクワットでクライアントさんの数だけの

ストーリーを紡ぎ出せるかだと思います。


スクワットの先に、

クライアントさんと一緒にどんな景色を見るのか。


別にワイドスタンスでも、ナローでも、

バランスボールの上でも、そういうカードは

持ってて損はないですが、

ベーシックなスクワットでいくらでも語れます。


どこまでそのエクササイズを深く付き合ってるか、

どこまでそのasanaを深く引き出せるか。


そんで、プロ野球選手が、産後のママさんにスクワットを教えたり、

逆に、高校生が、プロ選手に感覚を教えてあげたり、

なんかそんなトレーニングジムがあればいいですね。


トレーニングでみんなつながっている。

ボーダーなんてなくて、みんな目標に向かってがんばる。


今日のyogaのマイソールクラスで、

なんか久しぶりに謙虚になれて、

「あー、まだまだだ自分は。でも、うまくなりたいな。」って

思えるようなクラスでした。


まだまだレベルが低いぜ、俺。


やっぱ僕は、

常に一番取れるクラスよりも、

一番下から、笑われながらはい上がっていく方が好きです。


「どんなに厳しいクラスでも、

 最終的にはそこそこやれる。」


僕の目指すレベルです。


なので、一生勉強ですね。笑


常にそこそこですから、上がいるわけですから。


さあ、Rolfingのクラスでも、

大いに笑われて恥をかきましょう。


そして自分のレベルを上げて、

そしてまたどこかのクラスに旅をする。


ちょっと興奮気味に書いちゃいましたね。笑


それくらいいい感じのクラスだったということです。


いやー、それにしても不恰好なasanaしちまったぜ。


明日もがんばります。




Yuta
関連記事
スポンサーサイト


Category:大友 勇太 | Comment(0) | Trackback(0) | top↑ |
<<ほんの些細なことですが。 | HOME | 遡及的。>>
name
title
mail
url

[     ]
Trackback URL
http://ccca.blog61.fc2.com/tb.php/509-fdc25f49

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。