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動き出すからだ。

2011.04.25 Mon
落ち着かない自分に気付き始めたのは、

3月の旅の途中。

パワースポットに行こうが、

憧れのMLBの世界でインターンをさせてもらおうが、

酒を飲もうが、

なんだかフワフワしている。

夜もなかなか寝つけなくて、

寝て、起きて、寝て、起きての繰り返し。

「ずっと旅をしているんだから、

 Boulderに帰ったら落ち着く」

と信じ、Boulderに帰るも、

それでも、宙ぶらりんで、

何かに怯えているけど、

何に怯えているのかがわからない日々。

だから、周りの人間に攻撃的になるし、

そうかと思うと、

急に、殻に閉じこもり、誰にも会いたくなくなったり。

何かを吐き出したいけど、

何を吐き出したいのかも分からず。

Rayや、Johnのセッションを受けるも、

受けた後に、妙に不安に駆られたり、

「ああ、とうとう俺も、自分の狂気に喰われたな」

と、半分ヤケにもなっていた。

今日たまたま、

ずっと読まずにいた文を読んだ。

それを書いたDonnaという女性は、

全てを受け入れ、赦してくれる、

母性の象徴のような人。

そこには夢のことが書かれていて、

僕のほしいものがそこにはあった。

眠れず、ずっと起きていても、

その起きてる間、

何か不安で、

月の明かりがまぶしすぎたり、

無音の夜の音が耳に響いたりした。

何時間も経って、

寝たと思ったら、

今度は、ビビッドな夢を見る。

今まで見たことないような、

鮮明な、そして現実のような夢。

夢のほうが、色鮮やかで、

そして意味に溢れているから、

夢を現実だと思いたくて、

起きても、またその夢に入りたくて、

また眠る。

彼女のその文には、Donna自身も、

そして周りの友人達も、

最近、寝られない日々が続いているとのこと。

なんだかそれを見たときに、

書いている内容よりも、

「ああ、よかった」

と思った。

「みんなそうなのか、狂ったわけではなかったか」

そう思えると、

なんだかからだが動きたくなり、

シャワーをゆっくり浴びてから、

久しぶりにからだを動かした。

からだがいろんな方向に動き、

「こんなに我慢していたのか」

と少し恥ずかしくなる。

「人は、お金や、地位など、

 自分の外に、唯一無二のものを求めるけど、

 からだこそ、唯一無二の存在で、

 からだに向きあえば、

 自然にたったひとつのものに気づく」

なんて、あたまで分かっていても、

からだは動いていなかった。

自分の人間具合に、うんざりして、

そして笑けてきた。

「人は、わかっていて、意味を選ぶのだな」

と。

もともとは、

トレーナーの勉強を大学で始めてから、

ずっとからだを動かしていた。

というか、眺めていた。

用もないのに、トレーニングルームに行って、

様々な人の動きを観察して、

そんで、自分のからだを動かす。

ストレッチしながら、

「俺の足って、意外に外反母趾だな」

とか、

「なんかここだけ肌荒れてんな」

とか、

ぼーっと自分のからだを見つめる。

気づくと、2時間くらいなんて、

あっという間に過ぎて、

「腹減ったなー」って、

近くの安くてうまい店に行く。

そんな瞬間って、

なぜかアイディアがどんどん浮かんでくるし、

今までの、ごちゃごちゃしてた考えが、

グワーって溢れ出して、

そんですっきりする。

だから、ストレッチとか、

トレーニングしながら、

よくメモしてたし、

メモして、またからだ動かして、

そんでメモして、

なんてやってると、

次にすべきことが自然に見えてきていた。

そうやって自分のからだを、

きちんと眺めていられれば、

自然といい辺りで、

揺らいででいられる。

だから、大して不調もなかった。

それは、自分で、

「左右差があるから直そう」って働きじゃなくて、

ただただ、「素直に見てあげること」。

ちゃんと今の自分がわかっていれば、

いや、認められれば、

からだは勝手にいろいろやってくれるし、

次に何をすべきかも、

自然に選んでいたりする。

なんでもなく、

「俺の左足だけ、傷めっちゃ多いな」

なんてしょうもないようなことをやってると、

自然にいい感じのところにいられる。

Rolfingと出会って、

「他人に委ねる」ことの楽しさを知った、

僕の場合は、その出会いが逆に、

からだとの対話の時間を奪ってしまった。

そこで、ますます自分のからだと対話できればよかったけど、

相手に任せることを知って、

自分が動かなくなってしまった。

なんだか、恋愛にも似ている。

けど、やっぱり僕は、

自分で自分のからだを動かすのが好きで、

それがちゃんと見れてると、

他人と比べて細くて、

そんで、ど偏平足な足が、

「なんだかかわいいな」

って思えるような気がする。

Rolfingを知って、

「相手に委ねる」ことも知って、

相手が主導になったりしたから、

他人とどんどん比べてしまって、

「自分のほうがうまく立てている選手権」

みたいなことを自分で始めてしまった。

だから、

「Rolfingで幸せになれたのか」

なんて考えたりするけど、

Rolfingがただただ、

自分が頼りっきりの存在になってしまっては、

やはり恋愛と同じで、

あまり長くは続かない。

動くことも、

そしてRolfingも、

双方が「思いやり」を持って、

生活していかないと、

どちらかに無理がくる。

すっげー当たり前のことだし、

そんなことでここまで、

からだとこころがバラバラになるなんて。

しんどかったけどいい経験だった。

動きに頼りすぎてもいかんし、

Rolfingに頼りすぎてもいかんし、

だからこそ、

Rolfingにはハンズオンのセッションも、

ムーブメントのセッションもあるんだな、

と、当然のことを思う。

よりよく動くためには、Rolfingが必要だし、

Rolfingをすると、動きたくなってくるってのが、

いいんだろうな。

久しぶりに動かしたからだは、

やばいくらいに動かんくて、

すごく申し訳ない気持ちになった。

あんだけ、セッション受けたのに、

自分がさぼってたらな。

おまけでからだも気分がいいし、

めっちゃアイディアも浮かんだし、

こんだけ簡単なことに、

こんだけ苦しむなんて。

賢くないな、

素直じゃないな、

けど、がんばっていこうな、自分、

って思った。

「外に求めると、ケンカする」

そんな感じで、

僕は過ごしています。

ではでは。




Yuta
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