RSS|archives|admin

スポンサーサイト

--.--.-- --
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


Category:スポンサー広告 | Comment(-) | Trackback(-) | top↑ |

すごくよく知っているような気がして、あまりよく知らないこと。

2012.06.05 Tue
阪急六甲駅下がり

八幡神社東側

ハンバーガー屋の

向かいです。


カードには、

そんな文章と一粒の珈琲豆が

書かれていた。


阪急六甲駅のホームに降り立つと、

たくさん緑の木々が生い茂っているのが見える。

ジブリのトトロに出てきそうな感じだ。


そこが八幡神社。


ここ神戸では、

山が見えたら、右手側が東になるので、

僕は今、下っているから、

左手側が東になる。


少し歩いていくと、左手側に、

白壁に木枠の窓がかわいらしいお店が見えてきた。


確かにハンバーガー屋の前にある。


道路を渡って、店の前に立つと、

「六珈」と書かれた看板が、

地面に置いてあった。


ここだ。


ゆっくりとドアと開けてみると、

僕もfestaに置こうとしている、

ドアベルの音が、からからと鳴った。


床は木の板が敷き詰められていて、

やわらかい印象の床だ。


壁は白壁で、木のぬくもりを感じやすい。


カウンターには、一枚の大きな木の板で、

すごく広くて、ものを広げたくなる。


遠慮無く、そんなカウンターの木の上に、

MacBookやら、Moleskineやら、

読みたかった本を広げてみる。


それぞれが、ちゃんと一目で見れて、

安心した気持ちになる。


Boulderのカフェなら、それぐらいのものを広げても、

なおスペースがあるけど、

日本にはそんなに広げられる場所がなく、

肩身を狭くしなければいけない。


ちょっと歩いてきたから、

アイス珈琲を頼みたかったけど、

あえてブレンド珈琲のミディアムを頼む。


静かで、味のある店長さんが、

それぞれの道具たちを、

しかるべき場所に落ち着かせていく。


大きなカウンターの木の板の上に、

僕はカバンの中身を広げ、

少し向こうに、珈琲を淹れるための用意が広がっていく。


その時点では、どの道具がどんな仕事をして、

また、なぜその道具なのかは、

ちぐはぐだけど、

店長が珈琲を淹れ始めると、

それぞれが、必然のように意味をつなぎ始める。


煎った豆を二杯すくい、

それを機械に入れて、豆を挽く。


一粒も残さないように、

丁寧に丁寧に豆を挽く。


挽いた豆は、ホーローのカップに入れられて、

折られたペーパーの中へと移動した。


形のいいやかんから、注ぎやすそうなポットに

お湯が移し替えられ、店長がポジションに入った。


ポタポタと、絞り出されたかのようにお湯が、

珈琲豆に落ちていく。


少し蒸らしてから、さらにポタポタと。


下のプラスチックの容器に、

ポタポタと珈琲色の珈琲が

落ちていく。


ちょうど店長が落としているお湯の一滴一滴と、

ちょうど同じタイミングで、

下に珈琲が一滴一滴落ちていく。


お湯が珈琲に交換された。


豆がプクプクと膨らんできて、

少しずつ店長のお湯は、糸のようにつながって落ちていった。


豆の膨らみの表情が変わるのがおもしろい。


気づいたら、200と書かれたところから、

二目盛分下のところまで珈琲ができていて、

それをかわいらしいカップに注ぐ。


「砂糖とフレッシュはご利用ですか」


店長の声を初めて聞いた。


店長が声が小さいのか、

お湯がコーヒーへと交換されていくのに、

あまりに見入っていたせいなのか、

最初は何を聞かれているのかわからなかった。


目の前の珈琲を見つめると、

せっかくお願いしたはずの砂糖とフレッシュは、

そのまま横に置いておこうと思った。


珈琲を飲んでみる。


透明なんだけど、ちゃんとそれとわかるものがある。


ロルファーに似てるなと思って、

自分がロルファーであることを思い出す。


世の中には、なんと「透明」という色をつけた人が多いことか。


本当の透明は、向こうに色が見え、

それが揺らぐ。


思わず僕は文章が書きたくなって、

ずっと書かなければいけなかった文章書いた。


なんとも言えない文章が生まれてきて、

それにこの珈琲が完璧にマッチしている。


珈琲が文章に交換された。


二杯目もお願いする。


店長はまた、道具たちをしかるべき場所に落ち着かせ、

一連の物語をまた始めていた。


僕はそれを少しだけ見ながら、

生まれてくる文章を楽しんだ。


ある種の緊張感がある、その淹れ方でありながら、

でも、書き物をしても、後ろで邪魔にならない所作。


二つの違うはずのものが、一つの中にいる。


なんだか大切なことのような気がした。


それがなんなのかは、よくわからないけど、

六甲駅までの道を、空を見つめながら歩く。


あそこで交換されたのは、

何だったんだろう。


それはよくはわからない。




Yuta
関連記事
スポンサーサイト


Category:大友 勇太 | Comment(0) | Trackback(0) | top↑ |
<<大きな流れの中にあって。 | HOME | 「雨にしか生まれてこない気持ちがある。」>>
name
title
mail
url

[     ]
Trackback URL
http://ccca.blog61.fc2.com/tb.php/860-e798e44b

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。